明治元年十二月十五日、蝦夷に独立共和国が誕生した。
それは、土方を始めとする新選組の隊士が、江戸を離れて以来
追い求めてきた、徳川家のための独立政権である。
翌日、旧幕府軍で政権の役職を決める入れ札が行われ、
土方は陸軍奉行並、箱館市中取締、
そして裁判局頭取という三つの役職を兼務することになった。
以来、土方は作戦会議に出席するため、五稜郭によく足を運び、
その際にはも守衛の一人として同行させていた。
「、ちょっといいか?」
が土方に呼ばれたのは、ある雪の日のことだった。
「お前に見てもらいたいものがある。」
そう言って、を一室へと連れていった。
部屋に入ると、そこには陸軍奉行の大鳥圭介、その人が椅子に腰をかけている。
「待たせたな、大鳥さん。」
「いや、それほど待ってはいないよ。」
ふと大鳥の目が、土方の傍らにいるに止まった。
「………彼女は?」
「、新選組の隊士の一人だ。」
「なにも一介の兵士をここまで連れてこなくても…」
大鳥は驚いて目を丸くしている。
その様子を見て、土方は笑って答えた。
「こいつは、時として俺をも上回る洞察力を持っています。同席させて損はありませんよ。」
大鳥は若干猜疑の心を抱きつつ、にも着席を促した。
土方との両人が、着席したのを確認すると、テーブルの上に地図を広げる。
「これは……?」
箱館周辺の地図のようだが、所々に印が付いている。
は、その印に疑問を持った。
「これから箱館の守備について考えようと思ってね。」
「その話にお前にも加わってもらおうと思ってな。」
「この地図上の印には、何の意味があるんでしょうか?」
「ここに、我が軍の兵を配置しようと思うんだ。」
「お前はこれを見て、どう思う?」
印は、箱館市内の要所にはもちろんのこと、大野、七重浜、有川、
矢不来、松前、江差方面等、遠方にも渡っている。
その中では、印の付いていない場所の一つ、箱館山に目を止めた。
「大鳥さん、ここに守備の予定がないのは何故ですか?」
大鳥は、予期していなかった答えに驚き、一方の土方は、
やはりそこに目を付けたかと言わんばかりに、笑みを浮かべる。
「箱館山の背後は断崖絶壁だ。誰も登れやしない。守る必要はないだろう?」
「でも……」
遠慮してその先を言わないに代わって、土方が先を続けた。
「登れないと言い切る所に、あんたの甘さがある!」
「……え?」
大鳥は、それまでに注いでいた視線を、土方へと向ける。
「この箱館には、外国との戦争を想定した備えがある。
ここ五稜郭だってそうだ。箱館山だって天然の要砦だ。」
「だろう?」
「だが、俺達が相手にしているのは外国じゃない。日本の侍達だ。
少なくとも、俺が新政府なら、ここから一気に箱館市街を狙うぜ。」
その言葉に、が付け加える。
「奇襲とは、相手が予想していない戦術を取ること。
侍なら、無理を承知で実行すると思います。」
「そういうものなのか…?」
大鳥は、信じられないといった顔で、地図と目の前の二人を交互に見つめる。
そしてため息をついた。
「しかし我が軍勢にも限りがあるんだ。ここに兵を配置する余裕はないよ。」
「ま、陸軍奉行はあんただ。俺達はあんたが下した決断に従うさ。」
土方は、大鳥の肩をポンと叩くと、立ち上がった。
「、行くぞ。」
「はい!」
も慌てて立ち上がり、土方の後を追って部屋を後にする。
途中、まだ用があるからという土方と分かれ、
は、二人の帰りを待っている他の隊士達に合流した。
しかし、いくら待っても、土方は戻ってこなかった。
心配になったは、五稜郭内を探すが、やはり土方の姿は見えない。
そんな時、新選組隊士の一人、島田とすれ違った。
「あれ?君…こんなところでどうしたんだい?」
「あ、島田さん!土方さんを見ませんでしたか?」
「え…?土方さんなら、確認したいことがあるから、
と随分前に箱館山の方へと向かわれたよ。」
「えぇっ!?」
急いで外に出てみると、雪は何時の間にか吹雪いていて、
目を開ける事すらままならなかった。
それにもう外は薄暗い。
このような視界の悪い中、一人出かけていって大丈夫なのだろうか。
もし、土方に万が一のことがあったら……
嫌な考えが、一瞬の頭を過る。
「土方さんなら、きっと大丈夫だよね。」
彼女はそう何度も自分に言い聞かせ、土方の姿が見えるまで、
吹雪の中ひたすら門の前で待ち続けた。
辺りが真っ暗になる。
吹雪は一向に静まる気配はなく、容赦なくの体に吹きつける。
徐々に体温を奪われていくは、もはや手足の感覚はなかった。
ただ、気力だけでその場に立っている、そんな状態であった。
ふと、遠方に目をやると、吹雪の向こうに揺らめく影が見える。
その影は、徐々にこちらへと近づいてきているようだった。
「もしかして……」
駆け寄っていきたかったが、の足には感覚がなく、歩くことも困難になっていた。
影がかなり近づいて、ようやく互いの姿を確認できる距離になった。
「やっぱり……土方さんだ…」
「!?こんな所で何をしている?」
驚いた土方が、へと駆け寄る。
「まさか、ここでずっと俺を待っていたのか?」
「はい…。もし土方さんに何かあったらどうしようって、心配で……」
土方は、冷えきって真っ白になったの頬に手を伸ばす。
その冷たさに驚き、伸ばした手での肩を掴むと、そのまま引き寄せた。
「……土方さん!?」
「馬鹿な奴だ。お前に何かあったらどうするんだ!」
「だって……」
「俺はまだ死なない!やるべき事があるうちは、死ぬわけにはいかねぇ。」
を抱き締める腕に力が篭る。
伝わる体温が、鼓動が、互いが生きているのだと実感させる。
「こんなに冷えちまって…」
土方はため息をつくと、を抱きかかえて歩き出した。
「私重いですからっ!おっ…降ろして下さい!」
焦るとは対照的に、土方はフッと笑みを浮かべてに囁く。
「何言ってんだ。凍えてろくに歩けやしねぇってのに…。」
「うっ……」
痛い所を突かれ、は言葉を無くす。
そんなに、土方はもう一言囁いた。
「すぐに暖めてやるから、安心しろ。」
「………………!!」
二人はそのまま五稜郭の門を潜り、中へと消えていった。
あとがき
「雪」といえば蝦夷!これはもう箱館しかないでしょう!
冬の間からずっと暖めていたものの、もう季節は初夏ですね(苦笑)。
土方さんの最期を書く前には絶対に、書かなければ…と思っていた話です。
大河の「組!」の副長を見ていたから思いついたのですが…
鳥羽伏見の戦いの際、御香宮の襲撃を予期していたならば
もしかして、新政府軍の箱館山の奇襲も読んでるかも…と。
でも最終的に書きたかったのは、吹雪の中で
凍えながら、土方さんの帰りを待つ鈴花ちゃんなのです。
これまた、続けば裏になりそうな…そんな余韻を残してみました。
みなさんからのお声が多ければ、続きも書くかも?